2012/05/18

はじめての「金瓶梅」 5 広がる『金瓶梅』世界

皆川博子・文、岡田 嘉夫・絵「みだれ絵双紙 金瓶梅 」の表紙

今回は、本編から派生した『金瓶梅』のアレンジ、翻案ものなどをご紹介。

もともと『金瓶梅』自体、『水滸伝』から派生した同人誌のようなものなのですが、その強烈な個性と、難解さから、そのまま翻訳したものは今の読者には受け入れられるのが難しいこともあってか、過去にさまざまな『金瓶梅』を元にしたオリジナル作品が生まれ、ささやかながら、金瓶梅ワールドが広がっています。

まず初めに、本来なら前回紹介しておいたほうがよかったのですが、『金瓶梅』の解説本をもう一冊ご紹介。

井波 律子「トリックスター群像―中国古典小説の世界

 この本は前回紹介した同じ著者の

井波律子「中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)

この本と内容がよく似ています。(出版は「トリックスター群像」の方が先です)。

どちらも中国五大白話長編小説を扱っているのですが、しいていえば「トリックスター群像」の特徴は、中国五大白話長編小説をトリックスター(道化者、悪戯者、詐欺師など)が物語においてどのような役割をはたしているかを通して、中国の古典小説の歴史の流れを読み解くことに重点がおかれているところです。

トリックスターとは、作中で具体的に言うと『三国志演義』なら張飛や曹操、『西遊記』は孫悟空と猪八戒、『水滸伝』は黒旋風の李逵、『金瓶梅』なら潘金蓮、『紅楼夢』は王煕鳳や賈宝玉といったぐあいです。彼らの巻き起こす騒動によって物語は生き生きと動き出していくのです。

「中国の五大小説」の方が新書で上下巻なのに対して、こちらは一冊本で、この本も、読めば各作品の粗筋がざっとわかりますので、『金瓶梅』本編を読む前の肩慣らしにちょうどいいです。

続いて、日本の作家による『金瓶梅』を翻案したオリジナル小説。


皆川博子・文、岡田 嘉夫・絵「みだれ絵双紙 金瓶梅 」

登場人物や舞台設定こそ『金瓶梅』ですが、『水滸伝』から武松以外に魯智深、燕青なども登場して、完全なオリジナルストーリーになっています。残念ながら絶版です。(私は図書館で借りて読みました)。

この本の一つの特徴は題名に「みだれ絵草紙」とあるように、岡田 嘉夫のイラストが小説内の随所に挿入されていることです。ちょっとライトノベルっぽいですね。


こんな感じで絵がたくさん入っています

かなり癖のある絵ですので好き嫌いが分かれそうですが(ちなみに私はあまり好きではありません)、試みとしてはおもしろいです。

で、肝心の小説の方ですが、あの名作『死の泉』を書いた皆川博子ということでとても期待していただけに、少し残念なできでした。



裏表紙


序盤こそ『金瓶梅』の設定を生かした淫靡な雰囲気がうまく出ていたし、原作にあった李瓶児の子供が死んでしまうエピソードをミステリ作家らしいアレンジの仕方でうまく描いていたりして、ものすごい傑作の予感がしたのですが、途中からこの小説オリジナルのキャラクターや『水滸伝』の登場人物が次々と出てきて、だんだん話がおかしくなっていきます。

序盤の深刻さはどこへやら、彼らが破天荒な活躍をすればするほど、物語がだんだんおちゃらけた方向へとシフトしていって、ついには作者が作中で語りだす始末。最後もちゃぶ台返しみたいなグダグダで終わっていて、「こりゃ絶版にもなるわ」と妙に納得しました。

他の人ならいざいらず、皆川博子の力をもってすれば、もっとすばらしいものが書けたはずではなかったかと残念でなりません。

さて、次に紹介するのは、映像作品です。『金瓶梅』は何度か映画化されているのですが、一番新しいのが香港映画のこれです(当サイトでもこの映画から画像を何度か使わせてもらいました)


  金瓶梅(きんぺいばい) ツインパック [DVD]


先に結論を言うと、残念なできです。

上、下に分かれているのですが、とくに上巻は西門慶が出ている以外、ほとんど原作と関係ありません。変にコミカルで、悪い意味で香港映画っぽい感じでした。バカ映画っぽいといえなくもありません。

下巻からようやくメインキャラが出てきて金瓶梅らしくなってくるのですが、後先考えずにとりあえず撮りたいシーンを撮って後から話のつじつま合わせをしているのかと勘ぐりたくなるぐらい話に矛盾があります。どうしてわざわざ原作を離れたオリジナルストーリーにしてまで、おかしな話にしてしまっているのか理解に苦しみます。

他にも残念だったのは、女性の役者が春梅以外、ほとんど日本のAV女優だったことです。彼女たちが悪かったわけではないのですが、これも正直、興醒めでした(『源氏物語』を映画化する時、「女性の役者がほとんど中国人だったら」と想像してみてください。ちょっと見る気がしないのではないでしょうか)。

「本を読むのは大変だから、映像で見てみたい」という人もいるとは思うのですが、この作品はオススメできません。偏見かもしれませんが、香港映画で『金瓶梅』を撮るとあまりうまくいく気がしないので、いつの日か、中国大陸で原作に忠実で本格的な『金瓶梅』を2〜3時間そこそこの映画ではなく、テレビドラマ化して欲しいと思うのですが、内容が内容だけに実現は遠い未来になりそうです。

というわけで、なかなか『金瓶梅』の素材を生かしたオリジナル作品というのは少ないのですが、最後のこれは文句なしにオススメです。

山田風太郎「妖異金瓶梅―山田風太郎傑作大全〈1〉 (広済堂文庫)

天才・山田風太郎による『金瓶梅』の翻案『妖異金瓶梅』。実はこれ、ミステリ短篇集なんです。

それも極め付きの傑作で、「日本のミステリ・オールタイム・ベスト100」のような企画があったら、必ずランクインするような有名な作品ですので、ミステリファンにもおなじみではないでしょうか。

もともとある雑誌社が原稿料を払えず、かわりにもらった『金瓶梅』を読んで、「これは推理小説の舞台に使えそうだ」と思って書き始めたそうなのですが、『金瓶梅』を読んでミステリを書こうと思うなんて、天才すぎるにもほどがあります。

ちなみにこの『妖異金瓶梅』の作品の成功を受けて、今度は『水滸伝』を翻案しようとして生まれたのが、あの山田風太郎の代表作とも言える忍法帳シリーズです。

忍法帳シリーズがバトル漫画など、後に続く日本のエンターテイメントの歴史にさまざまな影響を与えたのは有名な話ですが、実はその源流が中国の小説にあったのです。

作品は、前半部がミステリ短編を数本、後半部が普通の小説という異例の二部構成になっています。

ネタバレではないと思うので書きますが、前半部のミステリ短編の犯人は全て潘金蓮、探偵役は、『金瓶梅』のメインキャラの一人、西門慶の遊び仲間の応伯爵で、事件が起こって応伯爵が解決し、藩金蓮が犯人だと知って慄然とする、という筋はどれもかわらないのですが、毎回動機やトリックに趣向がこらされています。毎回探偵役と犯人役が同じ推理小説というのもめずらしいのではないでしょうか。収録作の中でも特に「赤い靴」は動機の異様さ、仕掛けの大胆さなど、この世界ならではのもので、傑作だと思います。

そして物語の後半からは、短編ミステリが一変、水滸伝の登場人物達も登場してきて、怒涛の勢いで終幕へ向かって山田風太郎のオリジナルストーリーが展開されます。

正直に言うと、『金瓶梅』のことをあまり知らずに読んだ初読の時は、おもしろかったけれど、ミステリとして考えると、各短編の出来不出来が激しくて、そこまで強烈に印象に残ったわけではありませんでした。

それが、今回、『金瓶梅』の原作をある程度わかった上で再読してみて、驚きました。ここまですごい小説だったとは、と。

この作品、単に名前や設定、舞台を借りているだけではなくて、登場人物の性格設定や、起こった事件、物語の背景、なにげない描写説明、道具立てなどの世界観が、山田風太郎独自のの解釈を加えながらも、かなり原作に忠実なんです。

ストーリーは全くオリジナルなのに、元の設定を作品に活かして原作へのリスペクトを忘れない。ここまでみごとな翻案作品というのはちょっと他にないのではないかというぐらいです。

「とりあえず西門慶と潘金蓮、李瓶児、春梅をだしておいて、エロ描写をたくさん入れれば、それで金瓶梅になるだろう」といった安易な翻案がほとんどの中(今回紹介した映画なんてそのさいたるもの)、これだけの完成度の作品を書いてしまうとは。まったく脱帽です。

以上、今回は『金瓶梅』を元にしたオリジナル作品を紹介でした。(漫画化されたものも何作かあるみたいなのですが、未読ですので今回は省略させていただきました)
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