2011/07/21

「中国語ジャーナル」と「聴く中国語」

先日、中国語学習雑誌「聴く中国語」の8月号を買いました。

特集が「三国志 魏呉決戦の地 合肥」と「孫子の兵法書」だったのでそそられたのですが、読んでみたらどちらも期待はずれでした。

「三国志〜」は合肥の観光案内に少し三国志を絡ませた程度の内容で、「孫子の兵法書」に至っては、孫子を題材にした中国ドラマの紹介でがっかりでした。ひどい。うまく釣られてしまいました。

それはさておき、せっかくなので今日は中国語学習雑誌についてご紹介。

現在、中国語学習雑誌でメジャーなものは二誌あります。

アルク「中国語ジャーナル」と、日中通信社「聴く中国語」。それぞれ個性と癖があります。

まずはアルクの「中国語ジャーナル」


なんといっても語学出版大手のアルクだけあって、スタイリッシュで洗練された手堅い作りです。

旬の俳優や歌手などが表紙を飾り、中身も中国、台湾、香港の流行りものや中華料理のレシピ、古典や流行歌の紹介に検定試験対策などバラエティ豊かで、入門者から上級者までどのレベルの読者にも対応している間口の広い構成になっています。

文法や翻訳の解説のような教科書的コーナーのレベルも高く、決してミーハーなだけの雑誌ではありませんので、読み物としても学習教材としても楽しめる優れものです。初めて中国語学習雑誌を買う時に、どちらを買うのか迷ったら、こちらを選んでおくのが無難です。

それに対して日中通信社「聴く中国語」


表紙のデザイン、ゲストの「格」や、写真ページの紙質などぱっと見の印象でマイナー感がただよい、アルクと会社の規模の差を感じさせられます。そこらへんはページ数でカバー、と思っているのかどうかわかりませんが、中国語ジャーナルよりボリュームは少し多いです(値段はどちらもほぼ同じ)。

以前の私のイメージでは「センスの良い中国語ジャーナル」と「ダサくてマニアックな聴く中国語」だったのですが、久しぶりに買ってみると、オールカラーになっていたり、CDに加えて中国ドラマのDVDまで付けるなど中国語ジャーナルとの差別化をはかりつつも、かわいいイラストを増やし、ネット小説や中国ブログをとりあげるなど今風の内容もフォローしたりしていて、以前よりは垢抜けて取っつきやすくなっていました。

とはいえ、中身のマニアックさは健在で、中国語ジャーナルと比べて難易度が高いというわけではないのですが、記事の内容がバラエティー豊かではあるものの、扱っている対象が少しずつ王道からはずれているのが「聴く中国語」の魅力であり、短所でもあります。

例えば、今号の詩のコーナーでは、日本人受けのいい唐の杜甫や李白や白楽天ではなく南宋の李清照という渋いところを持ってきています(もちろん李清照は中国では超メジャーな人なのですが)。

「中国語ジャーナル」が「日本人にウケる内容」の視点だとしたら、「聴く中国語」は「中国人がこの雑誌を見てピンとくるか」をポイントに編集しているように感じます(もちろん勝手な想像ですが)。

私はどちらかというと「聴く中国語」派で、読むたびに「こんなマニアックな題材を丁寧に扱って、わかっているなあ。でも本当にこの雑誌、ちゃんと売れているんだろうか?」とニヤニヤしているのですが、ずいぶん昔からある雑誌ですので(創刊して9年目)、たぶんこの雑誌の読者層がそういう人たちなんでしょうね。

ただ、こちらの場合、連載は後日、「別冊 聴く中国語」というムックにテーマごとにまとめられることも多いので、わざわざ雑誌を買う必要がないのではないか、と思わせられるのが玉にキズではあります。

この2雑誌、中国語初心者なら中国語ジャーナルの方がお勧めなのですが、中級以上の人にとってはどちらも一長一短で甲乙付けがたいので、買うときは「特集が面白そうな方」を選べばいいと思います。

2011/07/12

三田村泰助「宦官 側近政治の構造」中公文庫



♦宦官とは

念の為に説明ですが、宦官とは去勢されて(あるいは自らの意思でして)、宮廷(主に後宮)に奉仕する存在です。

宦官といえばなんといっても中国が有名ですが(殷から清まで歴代王朝が使っている)、実はエジプト、ギリシア、トルコ、朝鮮やペルシアなど当時の主要先進国ではたいてい存在していて、逆に日本にいなかったのが不思議なぐらい歴史上一般的な存在です。ただ、その性質上、歴史の表舞台に現れることは少なく、出てくる時はたいてい権力を握って国を滅ぼすような特殊な場合に限られるので、普通に世界史を読んでいても「宦官」について、なかなか知る機会がありません。

本書はそんな宦官について知りたい人のために、主に中国の「漢、唐、明」王朝の宦官を中心に書かれた超ロングセラー(元となった中公新書版の初版が1963年、私の手元にある中公文庫版は2003年の改版)で、東洋史や中国史、中国文学を学ぶ人なら必ず参考文献の一つにあげられるような「宦官本」の定番です。

♦エピソードの宝庫

なんといっても現代では考えられないような特殊な風習ですので、おもしろエピソードの宝庫です。

本書では例えば去勢の方法、去勢後の処置、宦官の特徴(ヒゲがない、元々ヒゲが生えていても去勢後2,3ヶ月でなくなってしまう、声が甲高く耳障りになる、前かがみに小股で歩くなど)、実は宦官にも男女関係や夫婦関係が存在する(!)などいろいろあげられているのですが、その中でおもしろかったものを一つ紹介。

去勢して、切断された「もの」は「宝(パオ)」と呼ばれ、刀子匠(去勢する職人)が大事に保存します。そして、宦官は昇進の際に、それを返してもらうのです。なぜならこの「宝」は階級が上がるごとに見せなければいけないもので、それができないと昇進ができなくなってしまうからです。
さらに「宝」は、死後に棺桶に一緒にいれて埋葬します。これは宦官があの世に旅立つにあたって本来の男性の姿にたちかえることを望み、もし「宝」が欠けた状態であると、冥土の王様が来世に雌の騾馬にかえて出生させてしまうという迷信を強く恐れたからです。

ただ、宦官のなかにもうっかりものがいて、刀子匠に返してもらうのを忘れる人がいました。
そうした場合、「宝」は刀子匠のものになってしまいます。
そこで宦官はなんと、刀子匠から「宝」を「買ったり」、友人から「借りたり」、「賃借りしたり」して間に合わせたりするのです(もちろん死後に棺桶に入れる分も代用品はありです)。

♦中国史上有名な宦官

なにかと悪者にされがちな宦官ですが、もちろん宦官の中にも優秀な人はいて、社会の発展に大きく貢献している人もいます。

例えば「史記」の司馬遷、紙を発明した蔡倫、「三国志」でおなじみ曹操の祖父(もちろん宦官ですので血のつながりはなく、曹操の父親が宦官の養子)、「水滸伝」好きにはお馴染み宋代の童貫(これは悪い宦官ですね)、明の時代(15世紀初)大艦隊を率いて世界を航海した鄭和、など枚挙にいとまがありません。

もちろん、たいてい国が滅びるようなときには宦官がからんでくるのですが、そんな存在が中国では長い間なぜ廃止されずに中華民国建国まで残っていたのか、についても本書では触れられています。

♦最後に

中盤以降は宦官について、というよりも宦官が大きな影響力を持っていた漢、唐、明の時代の宦官、外戚、官僚(士大夫)が勢力を争う(サブタイトルにあるように)側近政治史になっていますので、宦官についてだけ知りたいという人にとってはその部分が余分に感じられるかもしれませんが、そうでなければ中国史研究としても一級品で、権力の腐敗に抗おうと制度に様々な工夫をこらしたはずの各王朝が、それでもなお、腐敗していってしまう様がよくわかっておもしろいです。

内容はやや固めですが、文章は昔の学者先生の書いた本とは思えないぐらい読みやすいので、これを読んで興味をもたれたかたは、一読をお勧めします。