♦宦官とは
念の為に説明ですが、宦官とは去勢されて(あるいは自らの意思でして)、宮廷(主に後宮)に奉仕する存在です。
宦官といえばなんといっても中国が有名ですが(殷から清まで歴代王朝が使っている)、実はエジプト、ギリシア、トルコ、朝鮮やペルシアなど当時の主要先進国ではたいてい存在していて、逆に日本にいなかったのが不思議なぐらい歴史上一般的な存在です。ただ、その性質上、歴史の表舞台に現れることは少なく、出てくる時はたいてい権力を握って国を滅ぼすような特殊な場合に限られるので、普通に世界史を読んでいても「宦官」について、なかなか知る機会がありません。
本書はそんな宦官について知りたい人のために、主に中国の「漢、唐、明」王朝の宦官を中心に書かれた超ロングセラー(元となった中公新書版の初版が1963年、私の手元にある中公文庫版は2003年の改版)で、東洋史や中国史、中国文学を学ぶ人なら必ず参考文献の一つにあげられるような「宦官本」の定番です。
♦エピソードの宝庫
なんといっても現代では考えられないような特殊な風習ですので、おもしろエピソードの宝庫です。
本書では例えば去勢の方法、去勢後の処置、宦官の特徴(ヒゲがない、元々ヒゲが生えていても去勢後2,3ヶ月でなくなってしまう、声が甲高く耳障りになる、前かがみに小股で歩くなど)、実は宦官にも男女関係や夫婦関係が存在する(!)などいろいろあげられているのですが、その中でおもしろかったものを一つ紹介。
去勢して、切断された「もの」は「宝(パオ)」と呼ばれ、刀子匠(去勢する職人)が大事に保存します。そして、宦官は昇進の際に、それを返してもらうのです。なぜならこの「宝」は階級が上がるごとに見せなければいけないもので、それができないと昇進ができなくなってしまうからです。
さらに「宝」は、死後に棺桶に一緒にいれて埋葬します。これは宦官があの世に旅立つにあたって本来の男性の姿にたちかえることを望み、もし「宝」が欠けた状態であると、冥土の王様が来世に雌の騾馬にかえて出生させてしまうという迷信を強く恐れたからです。
ただ、宦官のなかにもうっかりものがいて、刀子匠に返してもらうのを忘れる人がいました。
そうした場合、「宝」は刀子匠のものになってしまいます。
そこで宦官はなんと、刀子匠から「宝」を「買ったり」、友人から「借りたり」、「賃借りしたり」して間に合わせたりするのです(もちろん死後に棺桶に入れる分も代用品はありです)。
♦中国史上有名な宦官
なにかと悪者にされがちな宦官ですが、もちろん宦官の中にも優秀な人はいて、社会の発展に大きく貢献している人もいます。
例えば「史記」の司馬遷、紙を発明した蔡倫、「三国志」でおなじみ曹操の祖父(もちろん宦官ですので血のつながりはなく、曹操の父親が宦官の養子)、「水滸伝」好きにはお馴染み宋代の童貫(これは悪い宦官ですね)、明の時代(15世紀初)大艦隊を率いて世界を航海した鄭和、など枚挙にいとまがありません。
もちろん、たいてい国が滅びるようなときには宦官がからんでくるのですが、そんな存在が中国では長い間なぜ廃止されずに中華民国建国まで残っていたのか、についても本書では触れられています。
♦最後に
中盤以降は宦官について、というよりも宦官が大きな影響力を持っていた漢、唐、明の時代の宦官、外戚、官僚(士大夫)が勢力を争う(サブタイトルにあるように)側近政治史になっていますので、宦官についてだけ知りたいという人にとってはその部分が余分に感じられるかもしれませんが、そうでなければ中国史研究としても一級品で、権力の腐敗に抗おうと制度に様々な工夫をこらしたはずの各王朝が、それでもなお、腐敗していってしまう様がよくわかっておもしろいです。
内容はやや固めですが、文章は昔の学者先生の書いた本とは思えないぐらい読みやすいので、これを読んで興味をもたれたかたは、一読をお勧めします。
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