山西人民出版社「絵図本 金瓶梅詞話」
アヒオ「みなさん、こんにちは。「はじめての『金瓶梅』」の時間がやってまいりました。今日は第二回「ここがすごいよ『金瓶梅』」をおとどけします。
ナビゲーターは私、アヒオでお送りさせていただきます。
前回は、『金瓶梅』が『水滸伝』のスピンオフ作品で、「もし武松の物語で西門慶と潘金蓮が生きていたら」という設定で書かれた物語だというところまで紹介したよね。
『金瓶梅』は『水滸伝』の武松の物語をそのままなぞるところから始まって、武松の出張中に西門慶と潘金蓮が武大を毒殺したあたりから枝分かれして物語が『水滸伝』から離れていくんだ。
『水滸伝』では武大の死後、武松が出張から戻ってくる場面に移るんだけれど、『金瓶梅』では、その場面の前に、武大の百日供養を済ませた潘金蓮は、念願かなって西門慶の第五婦人として輿入れをするんだ」
アヒコ「ちょっと待って、アヒオ君。第五婦人って?ナビゲーターは私、アヒオでお送りさせていただきます。
前回は、『金瓶梅』が『水滸伝』のスピンオフ作品で、「もし武松の物語で西門慶と潘金蓮が生きていたら」という設定で書かれた物語だというところまで紹介したよね。
『金瓶梅』は『水滸伝』の武松の物語をそのままなぞるところから始まって、武松の出張中に西門慶と潘金蓮が武大を毒殺したあたりから枝分かれして物語が『水滸伝』から離れていくんだ。
『水滸伝』では武大の死後、武松が出張から戻ってくる場面に移るんだけれど、『金瓶梅』では、その場面の前に、武大の百日供養を済ませた潘金蓮は、念願かなって西門慶の第五婦人として輿入れをするんだ」
西門慶って、潘金蓮と出会う前から、そんなにたくさん奥さんがいたわけ?」
アヒオ「そう。この西門慶という男、『水滸伝』ではちょっとした金持ちの小悪党って感じだったんだけれど、『金瓶梅』世界においては立派な主人公。
美男子で道楽者、性欲の権化のような色情狂で、商才にもたけていて商売熱心、上昇志向も強い欲望の塊のようなエネルギッシュなキャラクターなんだ。
その性欲はとどまるところを知らず、正婦人以外に何人もの側妻を持つだけでも飽きたらず、使用人の妻にも手を出す、遊郭遊びに狂う、あげくのはてに使用人の美少年にまで手を出すなど、手当たりしだい。
『金瓶梅』はそんな西門慶を中心に、彼の周囲に群がる様々な女性との日常生活を、濃密に描いていくお話なんだ」
アヒコ「『金瓶梅』ってそんなお話だったのね。確か『水滸伝』が全国各地の英雄、豪傑が梁山泊に集結して、悪政で人民を苦しめる宋王朝に反抗して戦うお話だったから、ずいぶん違うわね。
一人の色男の様々な女性遍歴の物語っていうと、むしろ『源氏物語』なんかのイメージに近いのかしら」
アヒオ「よりによって『源氏物語』かあ(笑)。男女関係という部分だけを取り出してみると、確かに共通点はあるかもね。
でも実際に『金瓶梅』の内容を知れば知るほど、『源氏物語』との共通点よりも違うところの方がきわだってくると思うよ。その違いというのが、まさに日本人と中国人の美意識の違いみたいなものなのかもしれないから、その違いを意識してみるのもおもしろいかもしれないね。
なにしろ主人公の西門慶にあるのは「性欲」だけで、そこに「愛」や「恋」が入る余地は全くない(笑)。彼には光源氏のように自分のやったことをあとでくよくよ悔やんだり、あこがれの人に思い焦がれたりするような情緒は全く持ち合わせていないんだ。
そして『金瓶梅』世界では女性だって負けていない。
みんな生きていくのに必死だから、西門慶の寵愛を得るためにはなんだってする。足の引っ張り合いや、西門慶に嘘を吹きこんでライバルを陥れるのも日常茶飯事。場合によっては女同士で殴り合いのケンカも辞さないんだ。
光源氏の愛が薄れるのを一人悩んだり、つらい気持ちを歌に詠んだり、世をはかなんで出家したりと、おぼろに麗しい『源氏物語』の女性達とはずいぶん違うだろ?
これが中国的リアリティなんだろうね。男性も女性も美化せずに、生の姿をまざまざと露悪的に描いているんだ。
そういうスタンスで書かれている作品だから当然、作中で彼らの性行為もあいまいにせずに赤裸々に描写されている。『金瓶梅』が発禁になったり、一般にポルノ小説のイメージが強いのもそのためだね」
アヒコ「「もののあはれ」の『源氏物語』と似て非なるってことなのね。『源氏物語』に詳細な性描写があったらどん引きだもんね。でも『金瓶梅』のスタンスも、それはそれで、おもしろそうね。なんかちょっと興味がでてきたわ」
アヒオ「そうそう。この人間の欲望の果てしなさ、愚かさ、馬鹿馬鹿しさをとことん楽しむのが『金瓶梅』の一つの楽しみ方だとボクは思うよ。
で、ストーリーの続きなんだけれど、
潘金蓮が西門慶の第五婦人になった後、ようやく武松が帰ってくるんだ。
その後『水滸伝』同様、彼は兄の死の真相を知って怒り狂い、西門慶を殺そうとするんだけれど、西門慶はこの情報をいち早く入手してうまく逃げて、武松はなんと誤って別人を殺してしまうんだ(笑)」
アヒコ「ひどい(笑)」
アヒオ「武松は、西門慶と潘金蓮を殺せなかったのに、結局人殺しの罪で、流罪となって、いったん物語から退場。以後彼は終盤近くまでは登場しないんだ。
ここから『金瓶梅』の本編がいよいよスタートだ。
武松の脅威から逃れた西門慶はこれで安心と好き勝手をはじめ、さっき言ったように様々な女性にちょっかいをかけたり、商売を広げたり、役人に賄賂を贈って出世をはかったりするんだ。
以上、これが『金瓶梅』のおおまかなストーリーの流れだよ」
アヒコ「『金瓶梅』の魅力は少しわかってきたけれど、アヒオ君、前回、中国の長編小説史上、画期的な作品だっていってたわよね?
『金瓶梅』のどこらへんがそれまでの他の長編小説と比べて新しかったの?」
アヒオ「ポイントはいくつかあるんだけれど、一番大きいのは作品の成立の過程だね。『金瓶梅』は「単独の作者」が構想して著した作品なんだ。この「単独の作者」というのが重要でね。
『金瓶梅』は明末の作品で、作者は「笑笑生」。見てわかるとおり明らかに本名ではなくて、ふざけたペンネームだよね。この笑笑生が『水滸伝』の一部設定を借りたとはいえ、基本的に一人で最初から最後まで考えて書いたっていうのが実は中国小説史上、画期的だったんだ」
アヒコ「え?どういうこと?小説って普通、作者が一人で書くものじゃないの?」
アヒオ「西洋や日本の小説だと、それが当たり前かもしれないけれど、中国の小説の場合、それまでは違ったんだよ。
それまでの中国の長編小説っていうのは『三国志演義』にしろ、『西遊記』や『水滸伝』にしろ、元々は歴史や民間伝承、盛り場で講釈師が語る「語り物」や演劇なんかを母体にしていて、だれかがそれらのエピソードを集めて取捨選択して、文章にあらわしたと考えられているんだ」
アヒコ「今で言うと、映画やドラマや演劇なんかの作品がすでにあって、それを誰かがノベライズするような感じかしら」
アヒオ「そうだね。まさにそんな感じ。
ところがこの『金瓶梅』はまぎれもない作者のオリジナルストーリー。中国の長編小説はここから「語られたもの(を文章化したもの)」から「書かれたもの」へと、大転換をとげ、この作品は中国文学史上のターニングポイントになったんだ。
それだけじゃない。中国白話小説(白話小説は口語体で書かれた小説のこと)の最高峰と言われる清代の小説『紅楼夢』は、この『金瓶梅』に影響を受けて生まれたといわれているぐらいだから、その文学的価値の大きさはわかるよね」
アヒコ「そんなすごい作品だったなんて、びっくりだわ」
アヒオ「これを知ったあとだと、『金瓶梅』を「エロ小説」の一言で済ませられないって言うのがわかっただろ?
『金瓶梅』のすごさ、新しさは他にもあるんだけれど、それはおいおい紹介することにして、次回はいよいよ登場人物の紹介だよ」
アヒコ「楽しみだわ。中国の小説の魅力ってなんといってもキャラだもんね。西門慶もずいぶん濃いキャラだったけれど、女の人達もきっと強烈なんでしょうね」
アヒオ「そりゃあ、すごいよ。むしろ、女性キャラこそ金瓶梅の魅力だからね。というわけで、また次回」
<参考文献>
中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)
美男子で道楽者、性欲の権化のような色情狂で、商才にもたけていて商売熱心、上昇志向も強い欲望の塊のようなエネルギッシュなキャラクターなんだ。
その性欲はとどまるところを知らず、正婦人以外に何人もの側妻を持つだけでも飽きたらず、使用人の妻にも手を出す、遊郭遊びに狂う、あげくのはてに使用人の美少年にまで手を出すなど、手当たりしだい。
『金瓶梅』はそんな西門慶を中心に、彼の周囲に群がる様々な女性との日常生活を、濃密に描いていくお話なんだ」
アヒコ「『金瓶梅』ってそんなお話だったのね。確か『水滸伝』が全国各地の英雄、豪傑が梁山泊に集結して、悪政で人民を苦しめる宋王朝に反抗して戦うお話だったから、ずいぶん違うわね。
一人の色男の様々な女性遍歴の物語っていうと、むしろ『源氏物語』なんかのイメージに近いのかしら」
アヒオ「よりによって『源氏物語』かあ(笑)。男女関係という部分だけを取り出してみると、確かに共通点はあるかもね。
でも実際に『金瓶梅』の内容を知れば知るほど、『源氏物語』との共通点よりも違うところの方がきわだってくると思うよ。その違いというのが、まさに日本人と中国人の美意識の違いみたいなものなのかもしれないから、その違いを意識してみるのもおもしろいかもしれないね。
なにしろ主人公の西門慶にあるのは「性欲」だけで、そこに「愛」や「恋」が入る余地は全くない(笑)。彼には光源氏のように自分のやったことをあとでくよくよ悔やんだり、あこがれの人に思い焦がれたりするような情緒は全く持ち合わせていないんだ。
そして『金瓶梅』世界では女性だって負けていない。
みんな生きていくのに必死だから、西門慶の寵愛を得るためにはなんだってする。足の引っ張り合いや、西門慶に嘘を吹きこんでライバルを陥れるのも日常茶飯事。場合によっては女同士で殴り合いのケンカも辞さないんだ。
光源氏の愛が薄れるのを一人悩んだり、つらい気持ちを歌に詠んだり、世をはかなんで出家したりと、おぼろに麗しい『源氏物語』の女性達とはずいぶん違うだろ?
これが中国的リアリティなんだろうね。男性も女性も美化せずに、生の姿をまざまざと露悪的に描いているんだ。
そういうスタンスで書かれている作品だから当然、作中で彼らの性行為もあいまいにせずに赤裸々に描写されている。『金瓶梅』が発禁になったり、一般にポルノ小説のイメージが強いのもそのためだね」
アヒコ「「もののあはれ」の『源氏物語』と似て非なるってことなのね。『源氏物語』に詳細な性描写があったらどん引きだもんね。でも『金瓶梅』のスタンスも、それはそれで、おもしろそうね。なんかちょっと興味がでてきたわ」
アヒオ「そうそう。この人間の欲望の果てしなさ、愚かさ、馬鹿馬鹿しさをとことん楽しむのが『金瓶梅』の一つの楽しみ方だとボクは思うよ。
で、ストーリーの続きなんだけれど、
潘金蓮が西門慶の第五婦人になった後、ようやく武松が帰ってくるんだ。
その後『水滸伝』同様、彼は兄の死の真相を知って怒り狂い、西門慶を殺そうとするんだけれど、西門慶はこの情報をいち早く入手してうまく逃げて、武松はなんと誤って別人を殺してしまうんだ(笑)」
アヒコ「ひどい(笑)」
アヒオ「武松は、西門慶と潘金蓮を殺せなかったのに、結局人殺しの罪で、流罪となって、いったん物語から退場。以後彼は終盤近くまでは登場しないんだ。
ここから『金瓶梅』の本編がいよいよスタートだ。
武松の脅威から逃れた西門慶はこれで安心と好き勝手をはじめ、さっき言ったように様々な女性にちょっかいをかけたり、商売を広げたり、役人に賄賂を贈って出世をはかったりするんだ。
以上、これが『金瓶梅』のおおまかなストーリーの流れだよ」
アヒコ「『金瓶梅』の魅力は少しわかってきたけれど、アヒオ君、前回、中国の長編小説史上、画期的な作品だっていってたわよね?
『金瓶梅』のどこらへんがそれまでの他の長編小説と比べて新しかったの?」
アヒオ「ポイントはいくつかあるんだけれど、一番大きいのは作品の成立の過程だね。『金瓶梅』は「単独の作者」が構想して著した作品なんだ。この「単独の作者」というのが重要でね。
『金瓶梅』は明末の作品で、作者は「笑笑生」。見てわかるとおり明らかに本名ではなくて、ふざけたペンネームだよね。この笑笑生が『水滸伝』の一部設定を借りたとはいえ、基本的に一人で最初から最後まで考えて書いたっていうのが実は中国小説史上、画期的だったんだ」
アヒコ「え?どういうこと?小説って普通、作者が一人で書くものじゃないの?」
アヒオ「西洋や日本の小説だと、それが当たり前かもしれないけれど、中国の小説の場合、それまでは違ったんだよ。
それまでの中国の長編小説っていうのは『三国志演義』にしろ、『西遊記』や『水滸伝』にしろ、元々は歴史や民間伝承、盛り場で講釈師が語る「語り物」や演劇なんかを母体にしていて、だれかがそれらのエピソードを集めて取捨選択して、文章にあらわしたと考えられているんだ」
アヒコ「今で言うと、映画やドラマや演劇なんかの作品がすでにあって、それを誰かがノベライズするような感じかしら」
アヒオ「そうだね。まさにそんな感じ。
ところがこの『金瓶梅』はまぎれもない作者のオリジナルストーリー。中国の長編小説はここから「語られたもの(を文章化したもの)」から「書かれたもの」へと、大転換をとげ、この作品は中国文学史上のターニングポイントになったんだ。
それだけじゃない。中国白話小説(白話小説は口語体で書かれた小説のこと)の最高峰と言われる清代の小説『紅楼夢』は、この『金瓶梅』に影響を受けて生まれたといわれているぐらいだから、その文学的価値の大きさはわかるよね」
アヒコ「そんなすごい作品だったなんて、びっくりだわ」
アヒオ「これを知ったあとだと、『金瓶梅』を「エロ小説」の一言で済ませられないって言うのがわかっただろ?
『金瓶梅』のすごさ、新しさは他にもあるんだけれど、それはおいおい紹介することにして、次回はいよいよ登場人物の紹介だよ」
アヒコ「楽しみだわ。中国の小説の魅力ってなんといってもキャラだもんね。西門慶もずいぶん濃いキャラだったけれど、女の人達もきっと強烈なんでしょうね」
アヒオ「そりゃあ、すごいよ。むしろ、女性キャラこそ金瓶梅の魅力だからね。というわけで、また次回」
<参考文献>
中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)
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