2012/05/31

藤子不二雄A「劇画 毛沢東伝」とスタジオゼロ物語


藤子不二雄Aの「劇画 毛沢東伝」を読みました。1971年に漫画サンデーで発表された「革命家シリーズ」第一弾で、誕生から中華人民共和国成立までの毛沢東を描いた伝記漫画です。

藤子不二雄A「劇画 毛沢東伝」

毛沢東は革命家としての前半生と、中国の指導者としての後半生の評価に非常にギャップがある人ですので(最初は開明的で英明な名君、晩年は暴君っていうパターンは中国の皇帝ではよくあるパターンですが)、毛沢東を、正義に燃える熱い青年として漫画的にわかりやすく描くために、人生の前半のピークである中華人民共和国成立で終えて、晩節を汚したその後を描かないというのは、漫画化する上で一つの正しいありかたかな、と思いました。

そういう負の部分も含めてその人の人生を全て描ききってこその伝記ではないか、という意見ももちろんあるかとは思いますが、毛沢東の入門として、この漫画で彼の功罪の「功」の部分をまず知るのも悪くないのではないでしょうか。

ちなみに漫画としての読みやすさ、おもしろさはまあまあといったところでしょうか。藤子不二雄A先生の他の作品と比べると、今ひとつでした。少しでも毛沢東に興味がある人向けですね。

それはさておき、以前行ったロフトプラスワンでの「石ノ森スピリッツ」スタジオゼロ物語というイベントで、ちょうど藤子不二雄A先生がこの作品を話題にしていましたので、その部分を一部編集して文字おこししてみました(スタジオゼロについてはリンク先を参照)。

当時の状況がいろいろわかっておもしろいです。以下、文字おこしです。


藤子不二雄A「例えばほら、セルに焼き付ける機械、トレースマシーンってのが(スタジオゼロに)あって、これはセルに書いたアニメを映す機械なんですよ。写真なんかをそこへのせると、真っ黒で中間色がとんじゃうんですよね。

で、僕は当時、「笑うせえるすまん」とかそういういろんな青年まんがを描いていて、特にブラックユーモアのいろんな短編を描いていたんで、これをなんか使えないかなあと思って。

わざとそのギャグみたいななかに一コマ大きくとって、そこにそういう黒白のを入れると、ものすごい効果があってね。

それからそうそう、「毛沢東伝」ってのを描いていたことがあったんですよ。

あのころはね、「怪物くん」描きながら「毛沢東」描いてたんですよ。まったくミスマッチなんですけどね。

まだ日中国交回復の前ですけど、僕は毛沢東大好きで。思想的にじゃなくてね、毛沢東が中国の長征っていうのをやるドラマは、ロマンだと思ってずっと研究していたんですよ。

そしたら、漫サン(週刊漫画サンデー)から描いてくれって。それで始めたんですよ。

そうすると週刊漫画サンデー、当時ナンセンスの漫画が得意で、それこそ園山俊二氏とか東海林さだお氏とか福地泡介とか全部ギャグですよ。そこに真ん中の折の部分だけ16ページの毛沢東伝が全くミスマッチでね。

前が谷岡ヤスジさんの「アギャキャーマン」で、そこへ毛沢東伝が入ってね「これは19××年、毛沢東は長征を開始した」とかね、ものすごいリアルに描いていったからね。逆に非常におもしろかったですけれど。


それにそのトレースマシーンを駆使して使ったのが非常に効果があってね。あの後、僕の作品にやたらと使うようになったんですよね。これもやっぱりスタジオゼロのおかげですね。


それは人気が出たんだけれど、もういろんな右翼とか・・・。

あのころまだ日中国交回復の前で、ある意味で毛沢東を賛美する漫画ですから。

当時は毛沢東はもう偉い中国の国家主席になってて、そのあといろんなことがありましたけれど、少なくともその長征を完遂するまではロマンを感じたんで描いたわけで、思想的なものは僕は別に共産主義でもなんでもないんですけれど、いろんな圧力がかかって大変でしたけど。それをくぐり抜けて今日まで来たんですよ(笑)」

(当ブログ関連記事)

「石ノ森スピリッツ」スタジオゼロ物語

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2012/05/29

ACLとFC東京と広州恒大


さっきまでACL(アジアチャンピオンズリーグ)のベスト16、名古屋グランパス 対 オーストラリアのアデレード・ユナイテッドの試合を見ていました。

結果は1-0でグランパスが敗退。

グランパスは土曜日にセレッソ大阪との試合を見ていた時も「なんてつまらんチームなんだ」と思ったものですが、今日も見なけりゃよかったといいたくなるような、前へボールを放りこんで高さで勝負のつまらないサッカーで負けてました。相手もそんなに強くなかっただけによけいに悔いが残ります。

つまらなくても勝てているうちは、それでよかったのでしょうが、選手の高齢化もあってか、ここ最近は不調でそうもいかなくなっているようです。残念。

で、明日5月30日は同じくACLのベスト16で日本勢の試合が、中国の広州恒大 対 FC東京と、韓国の蔚山現代 対 柏レイソルと2試合あるのですが、今回は中国の広州恒大というチームを予習してみようと思います。

広州恒大のエンブレム

広州恒大の「広州」は広東省の省都で中国の南、香港に近い地域です。「恒大」というのはスポンサー名で、「恒大房産」という大手不動産開発会社からとっています。

中国の金満強豪クラブの一つで、去年は中国スーパーリーグで優勝、今期も現在、首位です。

監督はあの元イタリア代表監督のリッピ(漢字で「里皮」と書きます)。一説には年俸十億円で招聘したとも言われています。

里皮(リッピ)

選手の情報は少ないのですが、DFの張琳芃(チャン・リンペン Zhang Linpeng)はリッピに「セルヒオ・ラモスのようだ」と称えられた逸材のようです。

他に注目選手としては、まだメンバーには登録されていないと思いますが、今月ドルトムントから移籍金9億円で獲得した、元香川のチームメイト、パラグアイ代表のルーカス・バリオスが挙げられるでしょう。まさかこんな若くて生きのいい選手が中国にやって来るなんて。

公式サイトを見ると、中国が唯一出場した2002年ワールドカップ日韓大会の時の中国代表で、かつてプレミアのエバートンに所属していた中国人初のプレミアリーガー、李鉄(リ・ティエ Li Tie)がここでコーチをしています。

中国のチェルシー、あるいはマンチェスター・シティのような感じでしょうか。今後も注目のクラブであることは間違い無いと思います。

関連の中国スポーツニュースを少し紹介

日本球迷对恒大不感冒:装了法拉利引擎的中国车

(日本のサポーターは広州恒大に興味がない:フェラーリのエンジンを積んだ中国車だから)

据悉,此次将有数百名东京FC的球迷来广州为球队现场加油,对于广州恒大,他们并不感冒,认为恒大不过是“一部加装了法拉利引擎的中国车”。

(聞くところによると、今回数百人のFC東京のサポーターが、現地で応援するため広州に来るらしい。広州恒大に対してまったく興味がない。彼らは「(広州恒大は)部分的にフェラーリのエンジンを積んでいる中国車に過ぎない」と考えているようだ)

フェラーリのエンジンというのはもちろんイタリア人リッピ監督のことでしょう。

让他们大感兴趣的是对手的新主帅里皮,有日本球迷呼吁带着本子去广州找里皮签名:“能够和里皮执教的球队交手,是难得的机会。”

(彼らの興味があるのは、敵チームの新監督のリッピだ。ある日本のファンは「リッピ監督が指揮を執るチームと戦えるのは、得難いチャンスだ」と、広州へ行ってリッピのサインをもらうためにノートを持ってきていることをアピールしている)

と、中国側もわりと冷静に日本のファンから中国のチームがどんなふうにみられているのかを紹介しています。

広州恒大がかなりの強敵なのは間違いないのですが、日本勢として、明日は柏レイソルともどもFC東京にがんばってもらいたいところです。

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2012/05/28

岡田武史と杭州緑城

岡ちゃん、ただいま四連勝中

先日、プロフェッショナル仕事の流儀で岡田武史監督をとりあげていました。

ご存知のとおり、岡田監督は今年から、中国スーパーリーグ(中国超级联赛、略して「中超」)の杭州緑城というチームで指揮をとっています。

このチームは去年16チーム中8位、世界的に有名な選手がいるわけでもなく、選手の多くが20代前半の若い中堅どころのチームです。

番組は、杭州緑城が3戦目の北京国安戦に勝って、ようやく今期初勝利するところで終わっていましたので、その後どうなったのか確認してみたら、勝ったり負けたりしながらも、だんだんチームがまとまってきたのか、現在4連勝中で順位が5位と好調でした。

中国のスポーツニュースにはこんな記事が

绿城4连胜收获600万奖金 杜威赞冈田教练很不错

緑城4連勝、600万元のボーナス獲得、杜威(チームのキャプテン)、「岡田監督はすばらしい」と褒め称える)

で、どこらへんがすばらしいのかなあと思ったら、

在奖金分配上,冈田武史很大度,之前教练组分得的奖金和主力一样多,但冈田给自己的不到主力球员的一半。“冈田教练真的很不错。”队长杜威说。

勝利ボーナスの分配において、岡田武史監督はとても度量の大きいところをみせる。これまでの監督なら、主力選手達と同様、多額のボーナスをとっていたのに、岡田監督はレギュラーメンバーの半分もとらない。「岡田監督はすばらしい」とキャプテンの杜威(du wei)はいう)

というわけで、そこかい!全く中国人らしいなあ。でも、そうやって中国人選手たちの心をうまくつかめているのなら、それはそれですばらしいことだと思います。

最近、チャイナマネーでヨーロッパの有名選手が移籍してきて、中国スーパーリーグの注目度が少しずつ高まっているのもあってちょうどいいので、今後も岡田監督と、杭州緑城に注目していこうと思っています。
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2012/05/23

国立科学博物館「インカ帝国展」と国立新美術館「セザンヌ展」

先日、上野の国立科学博物館でやっているインカ帝国展(6/24まで)と六本木の国立新美術館でやっているセザンヌ展(6/11まで)を見に行ってきました。


こういう有名な絵がありました。

近代絵画の父、セザンヌ展。

セザンヌ単独でこれだけ有名な絵ばかり集まる展覧会というのもなかなかないのではないでしょうか。

おみやげを買うと、こんなかっこいい袋に入れてくれます。
ちなみに買ったのはインカ帝国展オリジナルiPhoneケース。

インカ帝国展。

こちらも結構気合の入った展示でした。南米系の展示は、そう頻繁にやってくれるわけではないので、見られる時にしっかり見ておきたいところです。インカ帝国は貨幣どころか文字すらない国です。

さらにマチュピチュの3D映画も見ることができるのですが、これが意外によくできていて、鳥になってマチュピチュ周辺を飛んでいるような感じがして、良かったです。

インカ帝国オリジナルグッズの充実っぷりもうれしかったです。

どちらもそろそろ終わりますので、興味のある方はお早めに。
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2012/05/18

はじめての「金瓶梅」 5 広がる『金瓶梅』世界

皆川博子・文、岡田 嘉夫・絵「みだれ絵双紙 金瓶梅 」の表紙

今回は、本編から派生した『金瓶梅』のアレンジ、翻案ものなどをご紹介。

もともと『金瓶梅』自体、『水滸伝』から派生した同人誌のようなものなのですが、その強烈な個性と、難解さから、そのまま翻訳したものは今の読者には受け入れられるのが難しいこともあってか、過去にさまざまな『金瓶梅』を元にしたオリジナル作品が生まれ、ささやかながら、金瓶梅ワールドが広がっています。

まず初めに、本来なら前回紹介しておいたほうがよかったのですが、『金瓶梅』の解説本をもう一冊ご紹介。

井波 律子「トリックスター群像―中国古典小説の世界

 この本は前回紹介した同じ著者の

井波律子「中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)

この本と内容がよく似ています。(出版は「トリックスター群像」の方が先です)。

どちらも中国五大白話長編小説を扱っているのですが、しいていえば「トリックスター群像」の特徴は、中国五大白話長編小説をトリックスター(道化者、悪戯者、詐欺師など)が物語においてどのような役割をはたしているかを通して、中国の古典小説の歴史の流れを読み解くことに重点がおかれているところです。

トリックスターとは、作中で具体的に言うと『三国志演義』なら張飛や曹操、『西遊記』は孫悟空と猪八戒、『水滸伝』は黒旋風の李逵、『金瓶梅』なら潘金蓮、『紅楼夢』は王煕鳳や賈宝玉といったぐあいです。彼らの巻き起こす騒動によって物語は生き生きと動き出していくのです。

「中国の五大小説」の方が新書で上下巻なのに対して、こちらは一冊本で、この本も、読めば各作品の粗筋がざっとわかりますので、『金瓶梅』本編を読む前の肩慣らしにちょうどいいです。

続いて、日本の作家による『金瓶梅』を翻案したオリジナル小説。


皆川博子・文、岡田 嘉夫・絵「みだれ絵双紙 金瓶梅 」

登場人物や舞台設定こそ『金瓶梅』ですが、『水滸伝』から武松以外に魯智深、燕青なども登場して、完全なオリジナルストーリーになっています。残念ながら絶版です。(私は図書館で借りて読みました)。

この本の一つの特徴は題名に「みだれ絵草紙」とあるように、岡田 嘉夫のイラストが小説内の随所に挿入されていることです。ちょっとライトノベルっぽいですね。


こんな感じで絵がたくさん入っています

かなり癖のある絵ですので好き嫌いが分かれそうですが(ちなみに私はあまり好きではありません)、試みとしてはおもしろいです。

で、肝心の小説の方ですが、あの名作『死の泉』を書いた皆川博子ということでとても期待していただけに、少し残念なできでした。



裏表紙


序盤こそ『金瓶梅』の設定を生かした淫靡な雰囲気がうまく出ていたし、原作にあった李瓶児の子供が死んでしまうエピソードをミステリ作家らしいアレンジの仕方でうまく描いていたりして、ものすごい傑作の予感がしたのですが、途中からこの小説オリジナルのキャラクターや『水滸伝』の登場人物が次々と出てきて、だんだん話がおかしくなっていきます。

序盤の深刻さはどこへやら、彼らが破天荒な活躍をすればするほど、物語がだんだんおちゃらけた方向へとシフトしていって、ついには作者が作中で語りだす始末。最後もちゃぶ台返しみたいなグダグダで終わっていて、「こりゃ絶版にもなるわ」と妙に納得しました。

他の人ならいざいらず、皆川博子の力をもってすれば、もっとすばらしいものが書けたはずではなかったかと残念でなりません。

さて、次に紹介するのは、映像作品です。『金瓶梅』は何度か映画化されているのですが、一番新しいのが香港映画のこれです(当サイトでもこの映画から画像を何度か使わせてもらいました)


  金瓶梅(きんぺいばい) ツインパック [DVD]


先に結論を言うと、残念なできです。

上、下に分かれているのですが、とくに上巻は西門慶が出ている以外、ほとんど原作と関係ありません。変にコミカルで、悪い意味で香港映画っぽい感じでした。バカ映画っぽいといえなくもありません。

下巻からようやくメインキャラが出てきて金瓶梅らしくなってくるのですが、後先考えずにとりあえず撮りたいシーンを撮って後から話のつじつま合わせをしているのかと勘ぐりたくなるぐらい話に矛盾があります。どうしてわざわざ原作を離れたオリジナルストーリーにしてまで、おかしな話にしてしまっているのか理解に苦しみます。

他にも残念だったのは、女性の役者が春梅以外、ほとんど日本のAV女優だったことです。彼女たちが悪かったわけではないのですが、これも正直、興醒めでした(『源氏物語』を映画化する時、「女性の役者がほとんど中国人だったら」と想像してみてください。ちょっと見る気がしないのではないでしょうか)。

「本を読むのは大変だから、映像で見てみたい」という人もいるとは思うのですが、この作品はオススメできません。偏見かもしれませんが、香港映画で『金瓶梅』を撮るとあまりうまくいく気がしないので、いつの日か、中国大陸で原作に忠実で本格的な『金瓶梅』を2〜3時間そこそこの映画ではなく、テレビドラマ化して欲しいと思うのですが、内容が内容だけに実現は遠い未来になりそうです。

というわけで、なかなか『金瓶梅』の素材を生かしたオリジナル作品というのは少ないのですが、最後のこれは文句なしにオススメです。

山田風太郎「妖異金瓶梅―山田風太郎傑作大全〈1〉 (広済堂文庫)

天才・山田風太郎による『金瓶梅』の翻案『妖異金瓶梅』。実はこれ、ミステリ短篇集なんです。

それも極め付きの傑作で、「日本のミステリ・オールタイム・ベスト100」のような企画があったら、必ずランクインするような有名な作品ですので、ミステリファンにもおなじみではないでしょうか。

もともとある雑誌社が原稿料を払えず、かわりにもらった『金瓶梅』を読んで、「これは推理小説の舞台に使えそうだ」と思って書き始めたそうなのですが、『金瓶梅』を読んでミステリを書こうと思うなんて、天才すぎるにもほどがあります。

ちなみにこの『妖異金瓶梅』の作品の成功を受けて、今度は『水滸伝』を翻案しようとして生まれたのが、あの山田風太郎の代表作とも言える忍法帳シリーズです。

忍法帳シリーズがバトル漫画など、後に続く日本のエンターテイメントの歴史にさまざまな影響を与えたのは有名な話ですが、実はその源流が中国の小説にあったのです。

作品は、前半部がミステリ短編を数本、後半部が普通の小説という異例の二部構成になっています。

ネタバレではないと思うので書きますが、前半部のミステリ短編の犯人は全て潘金蓮、探偵役は、『金瓶梅』のメインキャラの一人、西門慶の遊び仲間の応伯爵で、事件が起こって応伯爵が解決し、藩金蓮が犯人だと知って慄然とする、という筋はどれもかわらないのですが、毎回動機やトリックに趣向がこらされています。毎回探偵役と犯人役が同じ推理小説というのもめずらしいのではないでしょうか。収録作の中でも特に「赤い靴」は動機の異様さ、仕掛けの大胆さなど、この世界ならではのもので、傑作だと思います。

そして物語の後半からは、短編ミステリが一変、水滸伝の登場人物達も登場してきて、怒涛の勢いで終幕へ向かって山田風太郎のオリジナルストーリーが展開されます。

正直に言うと、『金瓶梅』のことをあまり知らずに読んだ初読の時は、おもしろかったけれど、ミステリとして考えると、各短編の出来不出来が激しくて、そこまで強烈に印象に残ったわけではありませんでした。

それが、今回、『金瓶梅』の原作をある程度わかった上で再読してみて、驚きました。ここまですごい小説だったとは、と。

この作品、単に名前や設定、舞台を借りているだけではなくて、登場人物の性格設定や、起こった事件、物語の背景、なにげない描写説明、道具立てなどの世界観が、山田風太郎独自のの解釈を加えながらも、かなり原作に忠実なんです。

ストーリーは全くオリジナルなのに、元の設定を作品に活かして原作へのリスペクトを忘れない。ここまでみごとな翻案作品というのはちょっと他にないのではないかというぐらいです。

「とりあえず西門慶と潘金蓮、李瓶児、春梅をだしておいて、エロ描写をたくさん入れれば、それで金瓶梅になるだろう」といった安易な翻案がほとんどの中(今回紹介した映画なんてそのさいたるもの)、これだけの完成度の作品を書いてしまうとは。まったく脱帽です。

以上、今回は『金瓶梅』を元にしたオリジナル作品を紹介でした。(漫画化されたものも何作かあるみたいなのですが、未読ですので今回は省略させていただきました)
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2012/05/15

はじめての「金瓶梅」 4 『金瓶梅』を読んでみよう!

今回は、日本語で読める『金瓶梅』関連本を紹介していこうと思います。

翻訳書だけでも数種類でている『金瓶梅』は長い小説で(岩波文庫だと全10巻、徳間文庫でも分厚い上下巻)、登場人物の数も膨大、しかも当ブログ「はじめての「金瓶梅」」でも何度か触れたように、波乱万丈なストーリー展開もなく、日常の些細な出来事を細かいディティール描写で延々書きつらねていく小説ですので、現代の小説に慣れた読者がいきなりこれを読んで面白がるのはなかなかハードルが高くて、挫折する可能性が高いと思われます。

ですので、もし『金瓶梅』の世界に触れたいなら、まず以下の2冊で概略をざっと知ることをおすすめします。これを読んだだけで、ストーリーはほぼわかりますし、作品の歴史背景、面白さについても丁寧に説明してあるので、へたすると、本編を読まなくてもこれで充分かもしれません。

この2冊を読んで、興味が出てから、翻訳書を読んでも遅くはないと思います。

まずは一冊目。


中国の五大小説〈下〉水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 (岩波新書 新赤版 1128)

自分が『金瓶梅』に興味を持ったのは、これを読んだおかげです。

中国文学者の井波律子が、上巻で「三国志演義」「西遊記」、下巻で「水滸伝」「金瓶梅」と、これらの四大奇書に加えて、清代の小説「紅楼夢」の紹介をしています。

これを読めば、どれもとても長い作品である五大小説について、文学史的意義、あらすじ、その魅力などがわかります。特に「金瓶梅」や「紅楼夢」についてこれだけわかりやすく解説してくれる本というのは他になかなかないので、上巻ともども非常にオススメです。

巻末に各作品の章回回目(各話の題名)もついていて、資料としても役に立ちます。

そして、もっと『金瓶梅』に特化した解説本がこちら。



金瓶梅の解説本です。著者の日下翠は冒頭の「はじめに」で

「実を言うと、平凡社から出た『金瓶梅』(小野忍・千田九一訳)をはじめて読んだ時、なんと面白くない小説だろうかと感じた記憶がある。波乱万丈のストーリー展開はなく、時には退屈を覚えるほどであって、何故この小説が四大奇書の一つに挙げられるのか、不思議に思えたものであった。四大奇書の他の三作品がどれも抜群に面白いのとは対照的であった。(後略)」

と『金瓶梅』が予備知識無しに読むと、なかなか面白いとは感じにくい小説であることを正直に告白しています。

「その後、改めて真剣に読みなおす機会があった。その時評価が一変した。これは実にすぐれた文学作品だと、目をみはる思いがした。中国社会を理解するのに最適の書物であることはもちろんであるが、そのような実用の書としてなどより、はるかに価値のある、文学作品として極めて質の高い作品だと感じたのである。(後略)」

本書は、評価が180度変わったその理由を解き明かしていくというスタンスで書かれています。

そして、読んでいるだけではなかなか気づきにくい小説内の登場人物たちのささいなやり取りや、会話の裏にある深い意味を読み解いているので、事前にこれを読んでいると、本編がよりいっそう楽しめることうけあいです。

井波律子は『金瓶梅』の世界を物語の時系列にそって紹介するいわば編年体的な記述で紹介しているのに対して、日下翠は、各登場人物ごとに紹介する紀伝体のスタイルをとっているという違いも、おもしろかったです。

そして、いよいよ「本編を読もう!」という段になったら、翻訳書を手に取ることになると思うのですが、『金瓶梅』には現在数種類の翻訳書が出ています。

比較的簡単に手に入って一般的なものをご紹介。

金瓶梅 全10冊セット (岩波文庫)

全十巻。訳者は小野 忍と千田 九一。

平凡社の「中国古典文学大系」の『金瓶梅』も同じ訳者です。
岩波文庫と中国古典文学体系に入っているということで、おそらく一番メジャーな訳本がこれではないかと思います。

訳された年代が古いこともあって、完訳ではなくて、一部きわどい描写は、原文のまま残してあったり、削除されたりしているそうです。

金瓶梅〈1〉奸婦潘金蓮 (ちくま文庫)

全四巻。訳者は村上 知行。

第三書館から出ている「ザ・金瓶梅」という分厚い一冊本も、同じ訳者です。

この人の訳の特徴は、抄訳だということです。

原作のくどい描写や、ストーリー上あまり重要でない部分などをカットして短くしてあります。ですので、読みやすいです。冒頭に登場人物関係表がついていて、これもわかりやすいので、はじめて読むならこれがいいかもしれません。

ただ、冗長で無駄の多い描写こそが『金瓶梅』の本質的な価値、といえなくもありませんので、そこを削ってわかりやすくしてしまうのはどうだろう、と意見が別れるところではあります。

  金瓶梅〈上〉 (徳間文庫)

全二巻。訳者は土屋 英明。

自分が読んだのはこれです。文庫2冊なので手軽だと思って選びました。
この本のウリはなんといっても性描写も含めて完訳というところでしょう。

ただ、『金瓶梅』は、原作の正式名称が『金瓶梅詞話』というだけあって作中に頻繁に戯曲などの歌詞が挿入されているのですが、この人の訳では、この歌の部分を文章になおして訳しているのが少し気になりました。

完訳ということもあってか、少し読みにくいのですが、『金瓶梅』を読もうという人はたいてい性描写についてもきちんと読みたいと思うでしょうから、これがいいのではないでしょうか。

以上、『金瓶梅』関連本についての簡単な紹介でした。
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