2013/10/11

涼州の暴れん坊、韓遂入門 3 韓遂の最期 高島俊男「三国志 きらめく群像」より

むむむ

馬超(ばちょう)、字は孟起。

(176 - 222年)

アヒオ「ブログを見ているみんな!こんにちは!


今日は、高島俊男「三国志 きらめく群像」の第六章「西方の暴れ者」より、韓遂の活躍した時代の涼州事情の最終回だよ。



今回は、いよいよみんなおなじみ、韓遂が馬超と組んで、曹操と戦うところからだ」


ガチョオ「ようやくここまできたな」


アヒオ「時代は、赤壁の戦い(208年)後の211年、曹操は、漢中にいる張魯を攻める軍を出したんだ。


ところが、漢中に軍を進めるためには必ず関中を通らないといけない。


だから、一応は曹操の支配下にあった関中の諸将たちは、曹操が漢中攻めのために関中を通ることを口実に、本当は自分たちを攻撃するつもりではないかと疑心暗鬼になって、馬超、韓遂を担いで叛乱を起こしたんだ。いわゆる潼関(どうかん)の戦い(渭水(いすい)の戦い)だね


ガチョオ「西涼のやつらお得意の、大将の担ぎあげやな。しかし、関中、漢中ってややこしいな」


アヒオ「日本語だと確かに発音が同じだからややこしいね。ちょっと地図で確かめようか。


漢中へ


前も言ったように、函谷関の西、長安のあたり一帯の地域名が関中で、それより南の方にある狭い地域が漢中なんだ。


叛乱軍は馬超、韓遂を筆頭に、候選(こうせん)、程銀(ていぎん)、楊秋(ようしゅう)、李堪(りかん)、張横(ちょうおう)、梁興(りょうこう)、成宜(せいぎ)、馬玩(ばがん)らだ(余談だけれど、これらの武将の名前は全て、Google日本語入力だとちゃんと変換候補に出てくるんだから、すごい時代になったものだ)」


ガチョオ「ああ、おったおった、馬騰配下の雑魚達が。そうか、こいつらほんまは涼州の諸将で、別に部下ってわけじゃあなかってんなあ」


アヒオ「で、結果は御存知の通り、馬超と韓遂はその後うまくいかなくなって、仲間割れしてしまい、曹操の勝利で終わるんだ。


そして負けた馬超、韓遂は涼州へと逃げる。


翌年、曹操は鄴(ぎょう)へ戻り、叛乱の報復とばかり、都にいた馬騰とその一族、及び人質にとっていた韓遂の子と孫を殺してしまうんだ」


ガチョオ「あれ?


確か、オレの知っている話では、馬超は、親父の馬騰を曹操に殺されたから、怒って曹操に対して兵をあげたんちゃうかったかな?」


アヒオ「そう。三国志演義ではそうなっているんだよ。


だから、吉川英治の小説や、横山光輝の漫画もそうなっているよね。でも史書では順序が逆なんだ。


こんなふうに史実と食い違うところがあるから演義はダメだなんて言う人もいるかもしれないけれど、ボクは全く逆で、むしろこういう改変こそが、演義の巧みなところで、魅力だとボクは思うんだよね。


「父が殺され、怒りに燃えた馬超が一族の復讐戦を挑む」っていう方が物語としてはずっとドラマチックで馬超が魅力的だし、話として無理がないからね。


逆に、史書の通りだと、あれ?家族がみんな都にいるのに、わかっててなんで叛乱なんか起こすの?


馬騰とその一族が死んだのって、馬超のせい?って、いまいち馬超の行動に対して納得ができないんだよね


ガチョオ「そうやんなあ。もう馬騰は一族で曹操の支配下に入るっていう決断を下した後やのに、なんか、馬超、いらんことしいみたいやもんなあ


アヒオ「まあ、涼州に残った彼には彼なりの事情があったんだろうとは思うけれどね。


で、潼関の戦いで敗れ、涼州に帰った馬超は、翌212年に今度は単独で羌族の兵を集めて、隴上で再度叛乱を起こすんだ。


この馬超のリターンマッチでは、討伐に来た夏侯淵に勝ったり、涼州刺史の韋康(いこう)を殺害したりと、結構がんばったんだけれど、結局、楊阜(ようふ)に敗れて、家族も殺され、張魯を頼って、漢中へと落ちのびるんだ。


その後のいきさつは御存知の通り」


ガチョオ「おお、あれからまた曹操に挑戦したんか!やっぱり馬超も根性あるなあ」


アヒオ「で、韓遂だ。彼は涼州へ逃げ帰ってからは、羌族(きょうぞく)、氐族(ていぞく)を頼って勢力の回復をはかろうとしたんだ


ガチョオ「こっちはこっちで、しぶといおっさんやなあ


アヒオ「でも、落ち目になっても現地勢力に受け入れられているあたりから、彼がいかに異民族から支持されていたかがわかるよね


で、曹操は214年、夏侯淵を派遣して、涼州討伐の兵を出す。


で、韓遂はここでも負けて、逃げるんだ」


ガチョオ「うーん。また負けか。なんか聞いてると、だんだん南蛮の孟獲とかぶってくるなあ


アヒオ「で、翌215年、再び曹操が漢中の張魯を攻めようとして、そのために涼州に入った時、麹演(きくえん)や蒋石(しょうせき)らが、降伏の証にと、曹操のところへ韓遂の首を持ってきたんだ。


韓遂は殺されたとも、病死した後首を切られたともいわれているけれど、ともかく涼州の諸将が曹操に対して全面降伏したんだね」


ガチョオ「最後はあっけないな。それにしても、韓遂もずいぶん長い間戦ってきてんなあ


アヒオ「30年以上、ずっと叛乱、叛乱だったからねえ。


並の人物ではないことがよくわかっただろ?」


ガチョオ「確かに。キャラ立ちまくりやもんなあ。劉表とか、袁術とか、公孫瓚とかみたいな準主役級ぐらいのポジションでもおかしくない勢いやな。


こうやって聞くと、やっぱり演義の方は話をわかりやすくしたり、おもしろくするために、いろいろ削ったり加えたり手が入ってるっていうのがよくわかるなあ


アヒオ「そうだね。


でも、三国志演義で曹操と韓遂が、戦いの最中、一対一で馬上で昔の思い出を語る(で、それがきっかけで馬超が、韓遂は曹操と通じているのではないかと疑い出す)、っていう場面があったと思うんだけれど、この場面は「交馬語」といって、史書にも載っているんだ。


彼は交馬語が好きだったみたいで、過去に李傕、郭汜一味だった樊稠とも「交馬語」をしたという記録が残っているよ


ガチョオ「そんないかにもフィクション臭い話が、正史なんや


アヒオ「そうなんだよね。


話としておもしろいエピソードが全部、小説用の創作かっていうと、そうでもないところも三国志の面白いところだね。


というわけで、韓遂とその根拠地である中国北西部、涼州のお話はここまで。


涼州の部分だけでもこれだけいろんな発見があるこの本、機会があったら読んでみてね。


高島俊男の文章はとても軽妙で読みやすいから、この手の本でありがちな文献資料や固有名詞の羅列で読むのが苦痛ってことはないから、オススメだよ」

 

ガチョオ「オレも久しぶりに、三国志もの読みたくなってきたな。


それじゃあ、今日はこのへんにしとこか。やっと終わったな」


二羽「それじゃあみんな、またね〜」


<関連過去記事>

<キャスト>

アヒオ・・・アヒル系男子。好きなチームはセレッソ大阪。最近のお気に入りはイナバのタイカレー缶(イエロー)。今年の目標は紅楼夢読破。
 

 アヒコ・・・アヒル系女子。真面目で好奇心旺盛な女の子。好きなスイーツは牛乳プリン。現在、ダイエットに挑戦中。

 

ガチョオ・・・ガチョウ系男子。好きなチームはJ2のガンバ大阪。


白鳥(しらとり)先生・・・スワン系アラサー女子。カモ文化学園の教師。独身。学園のマドンナ的存在で、密かに思いを寄せる男子生徒多数。好きな話題はシモネタ。好きな牛丼系チェーン店は松屋。 

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